’23/3/12 (Sun)

 

 

前のブログの冒頭に3年と書きましたが、実際には4年も経ってました。

 

3年も4年もそれほど大差はないと思うのですが、今までの人生の中での大学生活に相当する時間だと思うと驚きます。

 

そして、ブログを再開したタイミングでサイトのリニューアルがあり2月まで更新ができず、さらに確定申告や月次の事務処理に追われ、ブログどころではなくなり、再開の宣言から半年も経つといった失態を犯し今に至りました。

 

さて、昨年のことですが、『 献立地獄 』なる言葉を耳にしました。

 

毎日毎日、来る日も来る日も、献立を考えることだそうです。

 

ほんとそうだと思いました。

 

今夜のごはんは何にしようか、子供の昼ごはん、晩ごはんは何にしようか、(朝ごはんはお決まりなので考えない)と考えるのが苦痛です。

 

決まった後も何故かその事が頭から離れず、今やらねばならない事の邪魔をするのです。

 

そんな献立地獄から解放される方法を自分なりに見つけました。

 

普通にある方法なのかも知れませんが、献立が決まったら家でメモとして使っているホワイトボードに書き出すことで頭の中から献立がなくなりました。

 

ホワイトボードに書き出すという簡単かつ単純な作業一つで心が楽になりました。

 

 

 

再開

'22/9/22 (Sat)

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3年ぶりくらいでしょうか、久しぶりにブログを書こうという気持ちになりました。

 

とは言ったものの何を書いたらいいものかと考えてしまうのですが、とりあえず心に溜まったものを少しずつでも吐き出せたらいいのかなと思いました。

 

さて、本題?に入るとしますが、ここ何年かは自閉症関連の本ばかり読んでます。

 

と言いますか、ほぼそれしか読んでません。

 

以前は小説、仕事の本、趣味の本など3冊をカバンに入れ気の向くままに読んでいました。

 

しかし、ここ数年は時間や気持ちに余裕が持てず、時間ばかりが過ぎて行くだけで、読んだ、なんて大そうな事を言いましたが、実のところはほんの数冊を読んだ程度です。

 

読まず書かずなので、なけなしの文章表現力がさらになくなったんじゃないか、と思っています。

 

それにもかかわらず、今まさに書いてる自分がいることに驚き、恥ずかしさを覚える次第です。

クチナシの花

'18/6/8 (Fri)

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治療院のシャッターを開けると、甘く濃厚な香りが僕の鼻を包み、二輪の小さな白い花が目を奪い、心に驚きと喜びを与え、その感動でわずか数秒の間僕の動きが止まった。

 

 

5年前、花と蕾をイモ虫に全て食べられてしまった。

 

食べているのは知っていたが、これも自然界の普通の出来事と思い、放っておいた。

 

以降、翌年から蕾が出来ず勿論花も咲かず葉だけとなってしまった。

 

イモ虫を恨んだ。

 

 

それが今年5年ぶりに咲いたのだ。

 

 

いつかまた咲くだろうなどと思ってもいなく、ただ緑の葉を見ると、生きているのだなぁと思い、枯れてしまわないようにと水をあげていた。

 

続けていればこんな事も起こることがあるということを実感した。

 

この体験が僕に何を与えたか、または何も与えなかったかは後々わかることなのだろうと思います。

治療について思うこと ②

'18/4/12 (Thu)

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では治らない場合はどうするかということで終わりました。

 

それから随分と時間が経ってしまいました。

 

これからその続きをお話ししないといけないわけですが、まずは脱線していこうとと思います。

 

 

最近、死というものについて意識するようになりました。

 

別に私の死期が近いとかいうことではありませんが、また、いずれは死ぬからということでもなく、ただなんとなくということでもなく・・・

 

自分がそんな状態だと思いがけず目に留まることがあります。

 

先日の読売新聞で直木賞作家の葉室麟さんの話が載っていました。

 

葉室さんの作品は読んだことはないのですが、知識としては、元新聞記者で直木賞作家で去年亡くなったということくらいのものでした。

 

どんな話だったかというと、葉室さんなりの死とは?命とは?といったものでした。

 

内容は省略しますが、葉室さんはやりたいことの道半ばで亡くなったということも書かれていました。

 

自分もそうありたいと思っていました。

 

道半ばで亡くなるというのは残念なことかも知れませんが、最期までやりたいことがあるということは素晴らしいことだと僕は思うのです。

 

 

さて、本題に戻ります。

 

 

治らない場合は、考える、調べる、発想を変える、などのごく当たり前の事をします。

 

考えたり調べたりすることは、その症状についての再確認ということだけではなく、患者さんの日常の行動の何がその症状を長引かせるのかということに重点を置きます。

 

同じ症状でも患者さんそれぞれに原因となるものが違います。

 

特に治らない場合というのは、意外な日常の行動に原因があったりするからです。

 

 

そして、発想を変える時に役に立つのが、治療とは全く関係のない事の経験だと思います。

 

これはどんな仕事にでも当てはまる事なのだろうと思います。

 

仕事で行き詰まった時には仕事とは全く関係のない事の経験が活きてくるのだと思います。

 

つまり、それが先生の言っていた『治療とは関係のない打ち込めることを何でもいいからやりなさい』ということなのだと思います。

 

 

どんな仕事でもその仕事に真摯に向き合って当たり前のことを黙々とやり続けることで新しい発見や楽しさが得られるのだと思います。

治療について思うこと ①

'18/1/16 (Tue)

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先日の朝日新聞なのですが、都市を離れ「野生」に飛び込む、というテーマで書かれた記事がありました。

 

興味を引いたので読んでみるとこんな事が書かれていました。

 

 

 自然に近い生活を求める人が増えている

 

 合理性が優先される都市生活に不安を感じて都市から標高約650mの山間部に引っ越した25才男性の狩猟や農業での生活、田舎暮らしが体験できる施設をNPO法人で立ち上げて運営しているという話

 

 山へ行く事で学問に必要な「直感力」が鍛えられる

 

 都市よりも自然な環境に身を置く方が人間は豊かな情報を得られるという説、都市では特定の機能がある人工物に囲まれてそれらに行動が規定されるため思考もパターン化されがちになるが、自然界では同じ場所にいても人によって得る情報が違いこういった条件のもとでこそ意味のある創発が起こる

 

 非合理性や野生が見直されているのだが、これは成長型経済が行き詰まり環境問題も拡大してこのままでは未来も暗いと感じ別の生き方を探すのは当然であるという事

 

 成果や効率を求める都市的な思考や環境から一旦距離を置き自然の中で五感や、身体性を問い直す事が新たな発想や可能性を探る道にもつながる

 

 

便利さを追求して行く現代社会や科学技術の行き着く先は人間の思考停止ではないかと思ってしまいます。

 

 

ところで、10年も前の話になるのですが、敬愛している先生から治療とは関係ない打ち込めることを何でもいいからやりなさいと言われました。

 

先生は茶道をやっていました。

 

僕はサーフィンをやってました。

 

その後、僕はランニングを始め、フルマラソンに至り、登山も始めました。

 

海、山、平地を動き回ることになりました。

 

身体を動かすことばかりじゃないかと思うかもしれませんが、読書や映画鑑賞もしていました。

 

さてさて、ブログのタイトルとはかなり脱線、というか始めからレールに乗ってないような感じですが、そろそろ本題について書いていこうと思います。

 

 

治療をしていると、驚きや発見に心が踊るのです。

 

僕は患者さんをどう治療したら治るのかだいたい分かります。

 

治る治療法を施すことができます。

 

しかしながら、そういう治療法を分かっていても、それでは治らない患者さんがたまに来るのです。

 

また、どこへ行っても治らなかったという患者さんもたまに来ます。

 

そういった患者さんを治療して少しでも良くなって表情が明るく笑顔になっていくのを見ることが僕にとっての仕事のやりがいなのです。

 

少し話が脱線しましたが、それでは治らない患者さんの場合どうするのかという事を書きたいと思いますが、それは次回にしたいと思います。

人間関係

'17/5/18 (Thu)

人間関係、それは、その人に対してどのような感情を持っているか、ということだそうです。

 

嫌いな人とは仲良くなれないし、好きな人とは仲良くしたいと思うことは自然なことです。

 

自然なことだけに厄介な問題です、人間関係は。

 

悩みのない人などいないと思うが、ほとんどの悩みはつきつめていくと人間関係だと言われています。

 

自分と他人の関係、自分と自分の関係です。

 

大事なことは、自分は自分を好きじゃないといけない。

 

私は自分が嫌いです、という人を誰が好いてくれようか。

 

自己肯定感を持つことが大切です。

笑顔

'17/4/20 (Thu)

顔って自分で見るより他人が見るほうが多いのです。

 

だからどんな表情でいるかということが大切です。

 

ニコニコしていると人は集まってきますし、逆にムッとしていると人は避けていきます。

 

いつもニコニコしているのは大変かもしれないけど、そのようにしていたいものです。

 

笑顔は必ず人を助けます。

 

僕はそう思っています。

前進

'17/4/6 (Thu)

どうなるかを考えるのではなく、どうするかを考える。

 

しかし、なかなかアイデアが浮かばない。

 

まあ、いつものことなのだが…

 

そんな時は、一人で歩く、人と話す、呑む、などしているとふっと浮かんだりする。

 

 

どうするかを考えて少しづつやってみる。

 

前に進むにはそうするしかないのである。
 
 
 

ライフワーク

'17/3/16 (Thu)

久しぶりに司馬遼太郎のエッセーを読んでいます。

 

1976年、昭和51年に出版された文庫本です。

 

親父の本棚から拝借して何年か前に一度読んではいますが、また読みたくなったのです。

 

本を開いてみたものの実のところ時間がなくて中々読み進まず、それならばとじっくり味わって読むことにしました。

 

ロマンを感じます。

 

司馬遼太郎のような偉大な人は一生をかけてロマンを追い続けたのだろう。

 

だから彼の小説はロマンを追い続けた男について書かれているのだと思います。

疲労回復

'17/3/3 (Fri)

疲れた身体で考えることなどろくなことではない、と言った人がいた。

 

なるほど、たしかにそうだなと思います。

 

まあ、僕などはそんな状態では考えることそのものが出来ない。

 

だから無理して考えようとするときっとろくなことではないのだろうと思います。

 

 

また、疲れた心で考えることもろくなことではない、とも思います。

 

理由はだいたい同じです。

 

 

健康的な生活をするには、心身の疲労をとることが必要です。

 

身体の疲労をとるには、身体を休めるか、逆に少し運動してみるのもいい。

 

心の場合は、心にあることを言葉にしてみたり、物事を考えられないくらい激しい運動をしてみるのもいい。

 

それから、旅に出るのもいいと思います。

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